大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)7381号 判決

原告 浦浜貞三

被告 国

訴訟代理人 岡崎真喜次 松下恭臣 ほか一名

主文

被告は、原告に対し金四、〇九二、九一一円とこれに対する昭和四五年一月三〇日から支払済に至るまで年五分の率による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四〇分し、その三九を原告に、その一を被告に負担させる。

事実

一  左記(一)(二)(三)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなかつた。

(一)  別紙(一)目録記載1ないし8の各土地は、いずれもかつて原告の所有であつたところ、大阪市東淀川区農業委員会の前身たる大阪市東淀川区農地委員会は、昭和二三年四月二六日これらの土地につき自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第三条第一項第二号による買収計画を定め、大阪府知事は、同年七月一日右買収計画により原告に対し買収令書を交付してその買収処分をなした。

(二)  そこで原告は、昭和二三年一二月三日大阪地方裁判所に大阪市東淀川区農業委員会を被告として右買収計画の取消請求の訴を提起したところ(同年(行)第二三九号の一四事件)、同裁判所は、昭和四〇年六月一七日原告の請求を認容して右買収計画を取り消す旨の判決を言い渡した。同農業委員会は、この判決を不服として大阪高等裁判所に控訴を申し立てたのであるが(同年(行コ)第三六号事件)、同裁判所は、昭和四四年七月一六日控訴棄却の判決を言い渡し、同農業委員会は、さらにこの判決を不服として最高裁判所に上告を申し立てたけれども(原審受理同年(行サ)第七号事件)、同年九月二三日右上告を取り下げたので、ここに右買収計画を取り消した判決が確定するに至つた。右第一審判決の理由および第二審判決のそれは、ほぼ同じで、その要旨は、「農地委員会は、本件買収計画を定めるにあたり別紙(二)目録記載(イ)大阪市東淀川区三国町一、〇五三番二、田一畝、同(ロ)同所四三六番、畑二畝二八歩を含め合計六反三歩を原告の保有小作地として残したというが、右(イ)の土地は、登記簿上同所一、〇五三番の土地から分筆されたものであるが、現実にはその所在が判明せず、(ロ)の土地も、原告が小作に供したものであることの立証はない。したがつて本件買収計画は、在村地主である原告の小作地保有面積六反歩を三畝二五歩侵害して定められたものであることが明らかである。昭和二一年農林省告示第四二号備考二によると、分筆を避ける必要のあるときは一反歩の限度内で保有面積を減ずることもできることを定めているが、本件の場合は、買収農地との選択、組み合わせを考慮しても、分筆しなければ六反歩の保有地を残すことができなかつたと考えられるような資料はなく、右告示附則第二の場合にも当らない。本件買収計画は、小作地保有面積を侵害して定められた点において全体として違法なものとするほかない。」というのである。

(三)  しかるに、右買収処分を原因として別紙(一)目録記載345の各土地については昭和二五年六月二六日、同12678の各土地については同年八月七日それぞれ農林省のため所有権移転登記がなされ、さらに大阪府知事は、昭和二八年一一月一日農地法第三六条に基き右12の各土地を川喜与治に、34の各土地を三宅米太郎に、5678の各土地を中尾弥三郎にそれぞれ売り渡し、右各売渡を原因として昭和二九年七月二二日それぞれの目的土地につき買受人のため所有権移転登記がなされた。

二  本判決の理由に影響を及ぼすべき本件の訴訟上の出来事として、左記の経過がある。

(一)  原告は、上記の事実関係に立脚し、別紙(一)目録記載の各土地がさきの買収処分にもかかわらずその基本となつた買収計画の取消を命ずる判決の確定を見た以上なお原告の所有に属するとの主張を構え、右買収処分に続く売渡の相手方となつた者ないしその包括または特定承継人らをも共同被告とし、右各土地につきかれらのためになされた所有権移転登記、停止条件付所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続および明渡を命ずる判決を求める旨申し立てたのであるが、右共同被告らは、自己の関係土地につき取得時効を援用して、原告の請求を争つた。

(二)  当裁判所は、昭和四九年七月八日原告の右共同被告らに対する請求を棄却する旨の一部判決を言い渡し、この判決は、原告からの控訴がなく同年同月二四日の経過とともに確定した。右判決の理由の要旨は、「本件では、売渡処分のあつた昭和二八年一一月一日から一〇年を経過した昭和三八年一一月一日をもつて、別紙(一)目録記載12の各土地については前示川喜与治からこれを買い受けた西後キサが、同34の各土地については前示三宅米太郎の相続人らからこれを買い受けた前西辰之助が、同5の土地については前示中尾弥三郎が、同678の各土地については同人から直接または同人からの買受人からさらにこれを買い受けた大阪市が、それぞれその所有権を時効によつて取得したものと認めるのが相当である。」というのである。

三  原告は、次のとおり述べた。

「(一) 別紙(一)目録記載の各土地に対し被告国の機関たる大阪市東淀川区農地委員会が自創法第三条第一項第二号により定めた買収計画には、その取消を命じた第一、二審判決の理由中に説示してあるとおり原告の小作地保有面積を侵害している違法がある。被告は、当該訴訟の当事者ではなかつたけれども、行政事件訴訟法第三三条第一項の規定により右判決理由中の判断に拘束されるものであるから、これに反する主張をなすことができない。右農地委員会がかように違法な買収計画を定めたのは、その係官において事前に原告や耕作者に当つて事情を聴取するなど必要な調査をなすことを怠つた重大な過失に基因するものである。そして、かように買収計画が判決により違法として取り消された以上、本件各土地に対する買収処分が波及的に無効となつたものであるから、これらの土地の売渡処分もまた違法であつたことに帰着する。被告は、かように本件各土地につき違法な買収処分と売渡処分を行い、買受人に引き渡してその占有を得させ、買受人ないしその転得者が右各土地の所有権を時効により取得した結果、原告がその所有権を喪失してそれにより損害を被つたのであるから、その損害は、右違法な買収および売渡処分と相当因果関係に立つものである(最高裁昭和五〇、三、二八判決・民集二九巻三号二五一頁)。

(二) かようにして原告が本件各土地の所有権を喪失したことにより被つた損害の額は、買受人ないしその転得者らの側における取得時効の完成時点たる昭和三八年一一月一日現在のこれらの土地の総評価額(前掲最高裁判決)であるとすれば、すでにこれらの土地が宅地化しているから一四七、八九〇、〇〇〇円、かりに農地のままであつたとして一三三、〇四〇、〇〇〇円となる(鑑定人小田和男の鑑定の結果)。しかし右損害額は、むしろ買受人ないしその転得者において現実に取得時効の援用をなした昭和四五年七月七日に基準時をおき替え、同年月日現在におけるこれらの土地の総評価額であると考える方がより合理的であるから、前述のとおりすでにこれらの土地が宅地しているので三五〇、六三〇、〇〇〇円、かりに農地のままであつたとして三三九、八一〇、〇〇〇円と算出される(右鑑定の結果)。

(三) よつて原告は、本訴において右損害額の内金一八八、二三四、〇〇〇円に賠償請求の範囲を限定することとし、被告に対し右金員とこれに対する不法行為時より後である昭和四五年一月三〇日以降の民法所定率による遅延損害金の支払を請求するものである。」

そこで原告は、昭和四四年一二月二六日提起した訴に基き、

被告は、原告に対し金一八八、二三四、〇〇〇円とこれに対する昭和四五年一月三〇日から支払済に至るまで年五分の率による金員を支払え。

との判決と仮執行の宣言を求める旨申し立てた。

四  被告は、

原告の請求を棄却する。

との判決、ならびに、敗訴の場合において仮執行免脱の宣言を求める旨申し立て、次のとおり述べた。

「(一) 別紙(一)目録記載の各土地に対し大阪市東淀川区農地委員会が定めた買収計画には、その取消を命じた判決の理由中に説示してあるような原告の小作地保有面積侵害の違法のかどはない。右判決の説示は、別紙(二)目録記載(イ)大阪市東淀川区三国町一、〇五三番二、田一畝の現存が判明せず、同(ロ)同所四三六番、畑二畝二八歩が原告が小作に供している土地であることの立証がないから、右二筆の土地を原告の保有小作地に含ませることができないという判断が基本となつている。しかし右(イ)の土地は、もともと同所(旧摂津国西成郡蒲田村)一、〇五三番、畑一反三畝一九歩が明治年代に一反六畝二四歩に地積更正された後、同地から同所一、〇五三番一、畑一反五畝二四歩とともに分筆されたものであるから、現存しないはずはなく、現実には中尾弥三郎が大正二年ごろ以降原告から一、〇五三番一として借り受け小作していた土地の中に境界の判然とせぬまま含まれているものというべきである。また、右判決の確定後原告において右(イ)の土地につき根抵当権、停止条件付地上権を設定し、その設定登記が経由され、さらに田村建設株式会社との間に売買予約を締結し、昭和五〇年五月二一日には同会社に所有権を移転している事実もあるから(〈証拠省略〉)、同地の所在は、原告に判明していたものと考えざるを得ない。右(ロ)の土地は、川原浜次郎が昭和一七年か一八年ごろから原告の承諾を得て耕作し、昭和二三年まで収穫高の半分位を年貢として納め、その後も年貢を供託してきているもので、原告の保有小作地であることは明らかである。以上の次第で、右(イ)(ロ)の二筆の土地を原告の保有小作地として買収計画を定めた大阪市東淀川区農地委員会の判断は、正当というべきである。そして同農業委員会は、右買収計画を定めるに先だちその委員長板谷市郎と現地の耕作状況に詳しい補助員の山口木左衛門に調査に当らせ、同人らにおいて土地台帳に基き各農地の耕作者にその所有者を尋ねるという方法でできるだけの調査を尽くしているのであり、この点に原告の主張するような粗漏のかどはない。

(二) かりに被告が原告に対しなにがしかの損害賠償義務を負担することを否定し得ないとしても、右損害額の算定に関する原告の主張には合理的でないところが多い。

(1)  原告は、本件買収処分および売渡処分の対象となつた土地全部について原告の所有権の侵害があつたとし、その全価額をもつて原告の損害額と主張しているが、当らない。本件買収処分の基本となつた買収計画が別件の判決により違法として取り消されたのは、目的土地が買収不適地であつたことを理由とするものでなく(かえつて買収適地であつたと認定されている。)、原告への法定小作地保有面積が六反歩であるべきところ三畝二二歩の不足があつたことだけが理由となつているのである(もつとも正確にいうと、右判決では三畝二五歩の不足と判示されているが、これは、本件買収計画においてたまたま保有面積を六反三歩としていることからこれを基準に算出したものと推測される。しかし、法定の保有地面積は六反歩なのであるから、これを基準に算出するのが正しいと考える。)。それ故、本件の買収および売渡に基因して原告に生じた損害は、もし買収計画が法定の小作地保有面積六反歩を充足するように定められこれに基き買収と売渡が行われていたならば原告の所有権に対する侵害がなかつたであろう部分、すなわち前示不足面積三畝二二歩の土地の価格に限られるものというべきである。

(2)  また原告は、損害額算定の基準時点を買受人ないし転得者らによる取得時効援用時としているが、時効完成時と解するのが相当である(原告援用の最高裁判決)。

(3)  さらに原告は、損害額算定基準時点における土地の現況を云々しているが、原告の主張する本件買収処分の違法事由は、原告の小作地保有面積の侵害にほかならぬところ、買収、売渡処分の時点において本件各土地が小作農地であつたことは明らかであり、かつ、右買収および売渡がなければこれらの土地になお賃借権が附着していたものといわねばならない。その故買収、売渡と相当因果関係に立つ原告の損害の額は、目的土地が時効完成時点において賃借権付小作農地であつたと仮定した場合におけるその価額であると解するのが正しい。かりに右時効完成時点たる昭和三八年一一月一日現在における目的土地の現況に基き原告の損害額を算定すべきであるとしても、その現況は、原告主張のとおりではなく、別紙(一)目録記載12の各土地が不詳、同3ないし8の各土地が田であつた。

(4)  以上の諸点をさしおくとしても、本件の買収および売渡の対象となつた土地にかかる原告主張の評価額は、合理的な算出方法によつたものでなく、高きに過ぎる。

(三) さらに、原告が本件各土地の所有権を失つたのは、原告自身の過失にも原因がある。本件各土地にかかる買収計画と売渡計画は、いずれも公告され、買収、売渡およびその後の譲渡、相続のつど所有権移転登記が経由されており、買受人ないし転得者らは、原告の住居から近距離にあるこれらの土地を公然と占有してきたのである。原告は、右の占有状態を知つていたかそうでないとしても相当の注意を払えば知り得べきであつたといわねばならず、それにもかかわらず時効中断の措置を講じなかつたのは、過失としかいいようがない。被告の賠償額を定めるについては上記の事情も斟酌すべきである。

(四) さらに原告の主張する損害賠償請求権は、かりにそれが成立したとしてもすでに除斥期間の経過により消滅に帰している。

右損害賠償請求の原因たる不法行為の時を買収計画が定められた昭和二三年四月二六日と認めるにせよ買収令書が原告に交付された昭和二四年七月一日と認めるにせよ、その時から本訴の提起された昭和四四年一二月二六日までに民法第七二四条後段所定の二〇年以上が経過していることは明らかである。右所定の期間の起算時点たる「不法行為ノ時」とは、もとより不法行為による損害の発生の時点、本件の事案では原告が旧小作農地の所有権を喪失した昭和三八年一一月一日のことを意味するものでない。そして同条後段所定の二〇年が時効期問でなく除斥期間であるというのは、近時の通説の認めるところで、不法行為の場合における権利関係の早期確定の要請から首肯される見解である。はたしてしかりとすれば、除斥期間には中断を認める余地が全くなく、本訴請求債権がすでに消滅していることは、疑を容れない。」

五  原告は、さらに次のとおり述べた。

「原告の損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅したという被告の主張は、左に述べるとおり根拠のないものであり、また訴訟上の信義則に照しても許さるべきでない。

そもそも民法第七二四条後段所定の二〇年が除斥期間でなく消滅時効の期間であることは、立法の沿革からも当然視されてきた通説である。そして、一般に違法な行政処分を原因とする損害賠償請求権の消滅時効は、当該行政処分の無効確認または取消の請求訴訟が提起された場合には、その処分の無効確認または取消を宣言した判決が確定した時から進行するものと解されるところ、本件各土地に対する買収計画の取消を宣言した判決が確定したのは昭和四四年九月二三日であり、原告が本件の損害賠償請求訴訟を提起したのはそれから間もない同年一二月二六日なのであるから、その間に消滅時効の完成を云々すべき余地はない(同様のことは、原告主張の除斥期間説をとつてもその期間の始期についていえるものと考える。)。かりに右時効の起算点に関する上記の見解が誤つているとするならば、本件の事案において不法行為は、昭和二三年四月二六日に買収計画が定められてから昭和二八年一一月一日に売渡処分がなされるまで継続し、それから一〇年を経た昭和三八年一一月一日に原告が本件各土地の所有権を喪失して損害を被り、ここにはじめて不法行為の要件が全部具備するに至つたのであるから、その時点から損害賠償請求権の時効が進行し始めたと解すべきであり、この場合でも時効の完成がないという結論には変りがない。」

六  証拠 〈省略〉

理由

一  本件において当事者間に争のない事実は、事実の項の一に摘示のとおりである。

二  原告は、別紙(一)目録記載の本件各土地に対し大阪市東淀川区農地委員会の定めた買収計画には、その取消を命じた判決の理由中に説示してあるとおり原告の小作地保有面積を侵害している違法があると主張するところ、被告においてこれを争うので、以下判断する。(原告は、被告が本件において右別件判決理由中の説示に反する主張をなすことが行政事件訴訟法第三三条第一項に規定する判決の拘束力に牴触して許されぬというが、当らない。同条項には「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定されているところ、そこにいう判決の拘束力がいかなる内容のものかについては論争があるけれども、少くとも本件の事案のようにある行政処分が違法として取り消されその違法処分に基く損害の賠償が請求されている場合において、被告たる国または公共団体が損害賠償義務を否定する前提として当該処分の適法性を主張することまで右判決の拘束力に牴触し許されぬと解する見解は、従来からあまり見られぬところであり、またかく解すべき合理的根拠はない。当裁判所は、本件買収計画を違法として取り消した上記別件判決の理由に覊束されることなく右買収計画の違法性の有無につき審査、判断をなすべき職責を負うものである。)

〈証拠省略〉によれば、原告は、その住所のある大阪市東淀川区において小作地を所有するいわゆる在村地主であつたところ、同市同区農地委員会は、別紙(二)目録記載(イ)ないし(カ)の各土地、合計六反三歩を原告の保有小作地に残すようにして買収計画を定めたことが認められる。

しかしながら、

(1)  同目録記載(イ)の大阪市東淀川区三国町一、〇五三番二、田一畝が中尾弥三郎の小作地であつたという被告の主張事実は、その確証がない。〈証拠省略〉によれば、かつて原告の先代浦浜松太郎の所有名義にかかる登記簿上同所一、〇五三番、畑一反六畝二四歩と表示されていた土地が明治三四年一二月一〇日に分割され、同所同番一、畑一反五畝二四歩および右(イ)の同番二の土地の二筆になつたこと、右(イ)の土地については、原告が昭和四八年九月一四日他の不動産と併せて公基産業株式会社の褒徳信用組合に対する債務のため代物弁済予約を締結するとともに根抵当権および停止条件付地上権の設定契約をなし、さらに昭和五〇年三月二〇日田村建設株式会社との間に売買予約を締結したうえ、同年五月二一日には同会社に売り渡し、以上のそれぞれを原因としてそのつど然るべき登記手続も経由されていることが認められるから、少くとも右(イ)の土地が現存していることは、これを肯認するに難くなく、その位置は、同所一、〇五三番一の土地に隣接するものと推測されるのであるが、本件の全証拠に徴しても同地の位置を現地において誤りなく特定し得るところの人物または物的資料が現存するものとは認められない。〈証拠省略〉には同地が一、〇五三番一の土地の南にある矩形の土地である旨の別件における〈証拠省略〉の供述記載があるけれども、いずれも曖味な伝聞に基くもので、にわかに信用することができない。むしろ〈証拠省略〉によれば、右(イ)の土地は、所有者であつた原告にも位置のはつきりしない土地であると認むべきものである。以上の次第で、同地が原告所有する小作地であつたとは認めることが困難である。

(2)  右目録記載(ロ)の大阪市東淀川区三国町四三六番、畑二畝二八歩についても、それが買収計画前から川原浜次郎の耕作するところであつたことは、〈証拠省略〉により明らかであるが、さらに同人による同地の耕作が原告の承諾に基く小作であつたという被告の主張事実は、その立証がない。〈証拠省略〉は別件における〈証拠省略〉の供述記載として右主張にそう部分があるけれども、それ自体曖味で矛盾も多く、〈証拠省略〉の記載と対比して信用することができない。

以上によれば、別紙(二)目録記載(イ)(ロ)の二筆の土地は、これを原告の保有小作地に包含させることができない。そうすると原告に残された同目録記載(ハ)ないし(カ)の保有小作地の合計面積は、五反六畝五歩にすぎなかつたことになるから、本件の買収計画は、在村地主である原告の小作地保有面積六反歩(自創法第三条第一項第二号、昭和二一年農林省告示第四二号)を三畝二五歩侵害して定められたものであることが明らかである(被告は、右の侵害面積が三畝二二歩であるというが、違算に基くものと思われる。)。本件の事案において、昭和二一年農林省告示第四二号備考二に従い分筆を避けるため原告の小作地保有面積に一反歩の限度内で減少を施すのを相当とする格別の事由があつたと認むべき資料も存しない。本件の買収計画は、右の小作地保有面積侵害の故に全体として違法であつたというべきである。

三  次に、〈証拠省略〉ならびに、弁論の全趣旨によれば、被告国の機関たる大阪市東淀川区農地委員会を構成する農地委員ないしその配下の補助職員が原告所有小作地の買収計画を定めるための事前調査に当つたのであるが、その際買収すべき土地および原告に残すべき保有小作地の個々について現実にその所在場所を特定、認識し、その利用の実態および権利関係を知るため耕作者および原告の両者に当つて事情を聴取するところがなかつたことが認められ、右に代わるべき適切な調査の手段を講じた事実は、これを窺い知ることができない。それ故、右農地委員会が本件の買収計画を定めるについては、その事前の調査において同委員会を構成する農地委員ないしその配下の職員に粗漏があつたものというべきであり、この点の過失が右買収計画にかかる前示の小作地保有面積侵害の違法をもたらしたものと認めるのが相当である。

しかるに、大阪府知事が被告国の委任事務の執行として、前示のとおり被告の公権力の行使に当る公務員の過失によりなされた違法な買収計画に基き、昭和二三年七月一日原告に対しその所有にかかる別紙(一)目録記載の各土地にかかる買収令書を交付してその買収処分をなし、さらに右買収処分を基礎として昭和二八年一一月一日右各土地を第三者に売り渡したことは、当事者間に争がない。そこで原告は、前示買収計画の取消を命ずる判決が確定した後、本件において、大阪府知事から右各土地の売渡を受けた者ないしその包括または特定承継人らを共同被告とし、右各土地につきかれらのためになされた所有権移転登記、停止条件付所有権移転請求権保全仮登記の抹消手続および明渡を命ずる判決を求める旨申し立てたのであるが、右共同被告らの抗弁が容れられ、右各土地は、買受人ないしその承継人らにおいて昭和三八年一一月一日時効の完成によりその所有権を取得したものであるとの理由に基き、原告敗訴の一部判決の言渡があり、同判決が確定したことも、事実の項の二に摘示したとおりである。そして右各時効取得の事実は、〈証拠省略〉、ならびに、弁論の全趣旨によりこれを肯認するに十分である。

かくて原告は、別紙(一)目録記載の各土地の所有権を失い損害を被つたのであるが、右の損害は、前示の違法な買収処分および売渡処分と相当因果関係に立つものである(最高裁昭和五〇、三、二八判決・民集二九巻三号二五一頁)から、被告は、国家賠償法第一条第一項によりこれを賠償する責に任じなければならない。

四  よつて、以下被告の賠償すべき損害額の範囲について判断する。

(一)  まず原告は、本件買収処分および売渡処分の対象となつた土地全部の価額をもつて原告の損害額と主張しているが、失当というべきである。本件買収計画が別件の判決により違法として取り消されたのは、原告に残すべき法定小作地保有面積が六反歩であるところこれに三畝二五歩の不足があつたことだけが理由となつているのであり、右買収計画、ならびに、これを基礎としてなされた買収処分および売渡処分にその余の違法原因があつたことの主張、立証はない。もし本件の買収処分および売渡処分にして法定の小作地保有面積六反歩を充足するように定められていたとするならば、原告が目的土地の所有権を喪失したとしても、それは当然忍ぶべきもので、右に基く損害賠償を云々すべき余地はなかつたはずである。したがつて本件の買収および売渡に基因して原告に生じた損害は、前示不足面積三畝二五歩(三八〇・一六平方メートル)の土地の価額をもつて算定するのが相当である。但し、右面積の土地が地域によつて単位面積当りの価額が一様ではあり得ぬ本件買収、売渡の対象となつた土地のうち具体的にどの部分にあたるかは、もとよりこれを特定するすべがないから、その価額は、買収、売渡の対象地全部(六、二二二・四七平方メートル)の価額から面積割合で算出するほかはない。

(二)  また原告は、損害額算定の基準時点を別紙(一)目録記載の各土地にかかる買受人ないし転得者らによる取得時効の援用時としているが、そうではなく、これらの土地に対する原告の所有権の喪失が現実化した時、すなわち右取得時効の完成した昭和三八年一一月一日と認めるのが相当である(前掲最高裁判決)。よつて、以下本判決におけるこれらの土地の評価額に関する記述は、便宜に従い特に断らぬ限り右取得時効完成時点のそれを意味するものとする。

(三)  そこで、以上の見地に立つて原告の損害額がいかほどかについて判断すると、次のとおりである。

(1)  まず別紙(一)目録記載12の各土地について、〈証拠省略〉によれば、これらの土地は、昭和三五年五月二六日登記簿上表示の地目が田から宅地に変更していることが明らかであるから、反証がない限り、その後右評価基準時点における現況も宅地であると認むべきである。そして、成立につき争のない丙第一七号証の不動産鑑定士上田寛ほか一名の実施にかかる鑑定評価の結果を記載した書面(以下「上田鑑定」という。)および鑑定人小田和男の鑑定(以下「小田鑑定」という。)では、いずれも右の前提に立ち、かつ鑑定実施時点の評価額から遡及して前示基準時点における右二筆の土地の価額を推計しているのであり、その結論は、上田鑑定では一六、九〇〇、〇〇〇円、小田鑑定では一七、七八四、七〇〇円となつている。かように両者の間には大差がないのであるが、上田鑑定は、紛争当事者の機関たる近畿農政局長の委嘱に基くものであるのにひきかえ、小田鑑定は、当裁判所の命に基くものであるという点を斟酌して後者の結論を採用すべきものとする。しかしながら、かりに右二筆の土地が本件の自創法による買収の対象とならず原告の所有として残されたとすれば、少くともその時点においては第三者の小作権の附着した農地であつたものであり、これを右評価基準時点までに同法ないし農地法上の知事の許可を得て宅地化することは、十分に可能であつたし、また実際にもそうしたであろうと推測されるが、そのためには、小作人に対するいわゆる離作料の給付や宅地造成のために相当の出費を要したであろうといわねばならない。そこで、これらの土地が本件の買収および売渡の対象となつたことに基く原告の損害額を算定する基準としては、前示小田鑑定の認める評価額にさらに五〇パーセントの減額を施し、八、八九二、三五〇円をもつて右二筆の土地の評価額と認定すべきものとする。

(2)  次に別紙(一)目録記載3ないし8の各土地について、上田鑑定および小田鑑定によれば、これらの土地は、前示評価基準時点においてすでに宅地化ないし公共用地化が見込まれて土地区画整理事業施行地区内にあつたけれども、その相当部分の現況が買収当時と同様に農地であつたことが明らかであり、その余の部分も農地でなくなつたことの確証はない。そうすると、これらの土地がかりに本件の自創法による買収の対象とならず原告の所有地として残されたとしても、右基準時点における現況は、やはり農地であつたのみならず、これには第三者の小作権が附着していたものと推認せざるを得ない。そこで小田鑑定では、以上六筆の土地が右のように小作農地であるとの前提に立つた場合におけるその価額をやはり鑑定実施時点の評価額から遡及して推計する方法により合計金五八、一〇〇、六〇〇円と算出しているのである。しかし、同鑑定および上田鑑定によれば、前示評価基準時点から小田鑑定人による鑑定実施時点(昭和五〇年四月一五日)までの間に、附近一帯の宅地化ないし公共用地化を見込んだ土地区画整理事業の施行の一環としての右各土地を従前の土地とする仮換地の指定、国鉄新幹線の開設とこれに伴う近傍における新大阪駅の設置、同駅に通ずる高架道路および地下鉄の開設といつた土地の価額に大幅な変動を及ぼす多くの要因が発生したことが認められるので、小田鑑定ではこれらの要因をも参酌したといつているけれども、上記の遡及推計の評価方法による結論の妥当性には些か疑問の存することを否めない。そこで上田鑑定では、いわゆる取引事例比較法を採用し右六筆の土地の合計評価額七三、五〇〇、〇〇〇円と算定しているのである。しかし、この方法を採つた場合に必然的に生ずる問題点として選択した具体的取引事例が適切であつたかどうかに多くの疑問が残るのみならず、同鑑定における右六筆の土地の評価は、これらの土地が宅地見込の農地であるとの単純な前提に立脚しており、小作権附着の点を無視してなされたかなり杜撰なものであることが窺えるのであつて、もしこの点を顧慮しておれば小田鑑定の例によると評価額がほぼ半減したのではないかと思われる。かように以上六筆の土地の評価に関しては両鑑定にそれぞれ問題点が存するのであるが、さりとて他にこれを判定する根拠となすに足る適切な資料も見当らない。そこで、どちらかといえば中立的な当裁判所の命によつてなされた難点がより少いと思われる小田鑑定の方を採用することとし、右六筆の評価額を合計五八、一〇〇、六〇〇円と認定すべきものとする。

(3)  以上によれば、本件の買収および売渡の対象となつた土地全部六、二二二・四七平方メートルの合計評価額は、六六、九九二、九五〇円であるから、これから按分比例の方法をもつて前示のとおり買収により法定小作地保有面積に不足を生ずるに至つた三八〇・一六平方メートルに相当する額を求めると、四、〇九二、九一一円となるから、これが本件の買収および売渡処分によつて原告の被つた損害の額にあたるものと認定するのが相当である。

(四)  ところで右の原告の損害が、直接的には自創法に基く買収および売渡の対象となつた土地につき買受人ないしその承継人らにおいて昭和三八年一一月一日完成した時効により所有権を取得したことに基因するものであることは、前述のとおりであり、このことから被告は、原告において右取得時効を中断させるための適切な措置を講じなかつた点に過失があるから、被告の賠償責任額を定めるにあたつては右の事情を斟酌すべきであると主張するのである。そして、たしかに原告が右取得時効の中断を図るためには、買受人ないしその承継人らを被告として買収計画もしくは買収処分の取消を条件とする所有権取得登記の抹消登記手続や土地返還の請求訴訟または右取消によつて土地所有権を回復すべき法律上の地位に関する条件付権利の確認訴訟を提起するなどの方法があつたことは、これを否定することができない(最高裁昭和四七、一二、一二判決・民集二六巻一〇号一八五〇頁)ところ、原告においてこうした時効中断の措置を講じたことの証左はない。しかしながら、本件の買収計画が昭和二三年四月二六日に定められ、これに基き同年七月一日に本件の買収処分があつたところ、原告は、同年一二月三日右買収計画の取消請求の訴を提起したのであるが、その訴訟の繋属中である昭和二八年一一月一日に本件の売渡処分があり、それから一〇年の経過により問題の取得時効の完成があつたとすれば、さらにその後の昭和四〇年六月一七日にようやく右買収計画を取り消す旨の原告勝訴の第一審判決が言い渡されたという経過は、当事者間に争のないところである。また、右買収計画が違法とされた原因が原告の小作地保有面積に不足を生ぜしめたという一点にあつたことは、前述のとおりであるから、かりに原告が前示のような態容の取得時効中断の効果を伴う訴訟の提起をなし、これに勝訴して一旦被買収土地全部の所有権を回復したとしても、その大部分につき再度の買収処分を受けることを阻止し得たかどうかは疑問とせねばならない。こうした事情を考え合わせると、原告が本訴訟において賠償を請求している損害の発生につき原告自身にも過失があつたことは認めざるを得ないにしても、右の点を斟酌することによりその損害額に減少を施して被告の賠償責任限度を定めることは、不相当というべきである。被告の過失相殺の主張は、これを採用することができない。

五  しかるに被告は、本件の買収、売渡処分による損害賠償請求権が民法第七二四条後段に定められた不法行為時後二〇年の除斥期間の満了により消滅に帰したと主張しているので、以下判断する。

(一)  まず、民法第七二四条後段所定の期間が被告の主張するように除斥期間であると解する説は、近時有力であるけれども、法の明文上その他かように解すべき合理的根拠はない。同条の規定は、ドイツ法からの継受に由来するところ、同条に相当する現行ドイツ民法第八五二条およびこれに至る第一、第二草案の案文に所定の三年および三〇年(日本民法第七二四条後段所定の二〇年に相当するもの)がいずれも消滅時効の期間であることは、その文言に照らし明らかである。民法第七二四条後段所定の期間が消滅時効のそれにほかならぬというかつて久しく疑われなかつた見解は、立法の沿革上も肯認し得るものである。

(二)  次に、原告の本訴損害賠償請求権の原因をなした不法行為は、ひつきよう被告国の機関が原告に土地所有権を喪失させた行為の総体なのであるから、直接の違法原因のあつた買収計画ないしこれに基く買収処分だけでなく、右買収に続く売渡処分までを含めたものと解しなければならない。そうすると、右損害賠償請求権にかかる民法第七二四条後段所定の二〇年の消滅時効の期間は、本件の売渡処分がなされた昭和二八年一一月一日から進行を始めたものというべきであり、被告が買収計画時ないし買収処分時からの期間進行を主張しているのは、誤である。それ故、原告が本件の損害賠償請求訴訟を提起した昭和四四年一二月二四日にあつては未だ該請求権の消滅時効が完成したものということができない。(かりに被告主張の除斥期間説をとつても、その期間の起算日に関して右と別様に解すべきいわれはないから、同期間の満了による本訴損害賠償請求権の消滅は、これを認める余地がないものである。)

本訴損害賠償請求権が民法第七二四条後段所定の期間の満了により消滅したとなす被告の抗弁は、援用するに由がないものである。

六  以上説示したところによれば、被告は、原告に対し違法な農地買収処分および売渡処分に基因し原告に加えた損害の賠償として前認定の金四、〇九二、九一一円とこれに対する本件不法行為時より後である昭和四五年一月三〇日以降の民法所定年五分の率による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は、上記の義務の履行を求めている限度において理由があるからこれを認容するが、その余は、理由がないからこれを棄却することとし、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用し、原告の仮執行の宣言の申立は、本件の事案において不相当と思われるのでこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫 大月妙子 前田順司)

別紙(一)〈省略〉

別紙(二)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例